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RUNDICKブログ

明治初期、大学での授業は英語で行われていたという。
連休が終わりまして、仕事も無事終え、次男の帰省も終わったので、引っ越しをするという友人と久しぶりに会ってきました。
親が高齢になったため近くに住まう必要に迫られ、というのが表向きの引っ越し理由らしいのですが、実際は子育てを終了し少々空の巣症候群になっていたところ、仕事での失敗が目立つようになり、上司から攻められるうち神経が参ってきた、というのが本当のところの様で。
若いうちに離婚して娘2人を子育てしていた友人だったので、子供の巣立ちが堪えちゃったんでしょうねぇ。
ちょっと見ないうちに随分老け込んだように見えました。
私達の年齢になると同じような事例が増えていくわけで、これをどう乗り越えるか というのが結構重要な課題になってきたりします。
私も去年、空の巣症候群になるかもとちょっと構えていたんですが、政治経済と歴史の洗い出しをしていたらそれどころじゃなくなっていました。
コレマジヤバインジャネ?という危機感の方が勝っちゃったわけで、逆に末期症状に感謝でしょうか? >ないかw

で、その洗い出しなんですが、大体いいとこまで行ったかなと思うので、ここから先は静観姿勢かなと思っていて。
多分このブログで何かを書くことも無いような気がしてるんですが、これは捨てておけない、というようなことがあった場合は拾ってくるかもしれないし。
どうなるでしょうね。
本当は既に捨ててはおけない状況ばかりが続いているので、それは今なんじゃないの?とも思うんですけどね。

そんなことを考えつつ、思ったことをちょこっと。
先の友人と会った時、後からもう一人友人が来たんですけど、この二人の下のお子さんがそれぞれ英語好きで留学したりしています。
海外留学といえば昔々、自分が若かった頃「国際人になれ!」とか言って国を挙げて奨励していたことなんですけど、今はグローバル化奨励で英語を国の言葉にねじ込もうとしていますよね。
かつて英語を学びに海外へ行った友人を見てても感じるんですが、英語はツールで目的ではないから英語だけ喋れても国際人にはなれないわけです。
私が若い頃は英語が目的で海外に留学する学生ががたくさんいました。
今は英語はツールだと、前面に出てきている気がしますが、相変わらずそのツールを何に使うかがやんわり隠されている気がします。
自分的に思うのは、騙されないためのツールとして使うのが正解かなとw

パチパチありがとうございます(^^
スケジュールをこなしたので、次回更新用のネームを始めているんですが、ちょっと時間かかりそうです(^^;
どっち視点で書こうか思案中でして。。。
それによって、次回のページ数が随分変わるような。。。
頑張って頭悩ましてみます。
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